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革命チェゲバラの生涯とサンタクララとバラデロ旅行記!キューバ戦士の霊廟やビーチ観光

バスターミナルでもチェ・ゲバラバラデロはカリブ海に面したリゾートです。サンタクララはキューバの中心にある町でチェ・ゲバラの霊廟があります。

ゆめぽろ(@yumepolo)です。こんちはっ!

バラデロ、サンタクララはこの時期、昼はかなり暑いけど、夜は過ごしやすい気温でした。
2007/11/26の昼前、サンティアゴ・デ・クーバからの夜行バスでバラデロに到着しました。キューバの各都市ではバスが到着すると多数の客引きがやって来るのですが、さすがリゾート地バラデロ、1人も客引きが来ません(^^;

バラデロはカリブ海ビーチで有名な町ですが、リゾート地として観光地化され過ぎてるため物価は高めです。他の町で多く見られるような屋台もほとんど見つけられませんでした。そういうわけで、海で泳いだ後は宿泊せずに次の町へ移動することにしました。
バスを降りるといきなり海が見えたけど、泳げるようなビーチは全然近くに見当たりませんでした。少しぶらぶらしてみたけど、全然ビーチのような場所は見つからず、荷物も持ってたし超暑かったため、バラデロ内を周遊しているバスを見つけたのでそれに乗ってとりあえず1周してみることにしました。2階建ての赤いバスです。1周するのには2時間以上もかかります!
で、結論を言うとこのバス、乗る価値ありません。高い(5CUC(約650円)で1日乗り放題)し、カンクンのようにホテルゾーンとセントロを往復するだけなので、バックパッカーのようにホテルゾーンに用のない人には全く意味ありません。ホテルゾーンと言ってもカンクンに比べるとしょぼいですし(^^;。私は試してませんがホテルのプライベートビーチにも忍び込みにくそうですよ。。
バラデロのココタクシー バラデロの2階周遊バス バラデロへも来たゲバラ
でもまぁホテルゾーンの景色も面白かったです。イルカが泳いでる池とかもありました。結局1周してセントロへ戻ってくると、お腹がすいてきたのでキューバで最初で最後の外食をしてみることにしました。セントロのレストランは思ったほど高くなかったけど、その中でもさらに安そうな観光客用レストランへ入ってみました。
キューバの外食は高くておいしくない(まずくはない)という評判だし、キューバ独特の料理もそれほどありません。だから安く旅したいならレストランでの外食は控えて、キューバ人が食べてる屋台やクバーナペソで買えるピザやハムサンドなどで済ませるのがいいでしょう。レストランでは、定食とシュリンプカクテルを食べました(食事情報は後程更新)。
それから周遊バスから見つけてた博物館へ行ってみました。従業員もやる気なくてしょぼかったけど、チェ・ゲバラがバラデロへ来た時の写真がいくつも展示されていたので、ゲバラファンは行って見てもいいかも。そしてこの博物館の2階テラスからカリブ海を眺めることができ、裏にビーチもあったので行ってみました。
ここは公共ビーチのようでした。でもこの時期、14時を過ぎるともう暑くないので泳いでるのは子供と数組の欧米系カップルのみでした。私も躊躇したもののせっかくバラデロへ来たのでと思い、少しだけ泳ぎました。泳いでる時は気持ちよかったけど、砂浜へ上がるとちょっと寒かったです。また、カンクンのホテルゾーンやイスラムヘーレスの方が海はきれいだったなぁと思いました。
バラデロのカリブ海ビーチ バラデロのカリブ海ビーチ 柔道場にもゲバラ写真が
その後セントロをぶらぶらして屋台を探したけど見つからず、コッペリアというアイスクリーム屋を探したけど見つからず、唯一パンの売り子を見つけたので追いかけて行ってやっとパンを買えました。柔道場も見つけ、そこにもチェ・ゲバラの写真が立てられてました。そして暗くなってきたのでバスターミナルへ行きました。次の町へは深夜に着くため、客引きは期待出来ないと思ったので、電話でカサを予約しておきました。
電話するにはクバーナペソの小額コインが必要だったけど、あまり持ってなかったのでバス会社の人に両替を頼んだけど断られ、電話そばに居たキューバ人女性に頼むとなんと!めぐんでくれました。キューバ人にお金をくれと言われることは多かったけど、逆にめぐんでもらえるとは思ってなかったのでビックリ!でした(^^ゞ
そしてバスが来るまでバスターミナルで待ってて、次の都市サンタクララ行きのバスに乗りました。サンタクララへは3時間くらいで、深夜1時前に到着しました。そして予約しておいたカサの主人が迎えに来てくれてました。でも実は電話したカサではなく、そこに依頼されたカサだったようです。深夜の飛び込みだったため足元見られて高かったです(>_<) カサの客引きはもう1人来てました。バラデロへ行く途中、バスはサンタクララへ寄りました。その時に来た客引きおばさんに今夜1時頃のバスで到着するけど…と言ったら、「それは遅すぎるよ」と言われたのを思い出しました。そのおばさんが来てたのです。来るんだったらお願いしたのに。その方が宿泊代安かっただろうし。。 サンタクララの宿Arturo Luis(カサ)宿について]は3ベッドの部屋とトイレ、シャワー、キッチン(お湯沸かすしかダメ)まで付いてたデラックス仕様でした。しかし本当に寝るだけだったのでもったいなかったかも(^^;
11/27は昼前のバスに乗るため、朝から急いで観光しました。見所はカサの主人に聞いて、マップ(たぶんロンプラのコピー)をもらって出かけました。町の中心ソカロまでは歩いて数分で着きました。サンタクララの見所はチェ・ゲバラゲバラについて]に始まり、ゲバラに終わるって感じでした。
20世紀の革命戦士で最も愛されてると言われるエルネスト・チェ・ゲバラ。長髪で口ひげ、軍服にベレー帽をかぶった容貌には今も世界中に多くのファンがいます。「チェ」は彼の口ぐせの「なぁ(君)」というアルゼンチン語がニックネームになったものです。
1928年アルゼンチンの中流家庭に生まれました。喘息持ちだったことが後に医学部へ入学するきっかけになったと言われています。大学時代に友人とバイクで中南米旅行をしながら、医学部博士号も取得しています。1954年にグアテマラへ行き、当時の政権に医師として協力したりしたけど、USAの介入によりあっけなく打倒され、メキシコへ逃げました。
ゲバラの列車襲撃跡 ゲバラの列車襲撃跡 ゲバラの列車襲撃跡
この頃から中南米では「革命の必要性」を感じ、同じくメキシコへ亡命していたカストロと同調して、1956年11月25日にグランマ号という船でキューバへ乗り込み、ゲリラ活動の末、1959年にバティスタ政権を倒し、キューバ革命を成功させます。
その後、新政権の要職で従事し訪日もしてます。1962年キューバ危機での旧ソ連の裏切り後、カストロとの間に考えの違いが生じ、1965年にキューバを去ります。その後ボリビアでゲリラ活動中に捕らえられ、1967年10月に処刑されました。1997年7月にボリビア山中で遺骨が見つかり、カストロの手でキューバのサンタクララの霊廟に埋葬されました。
列車襲撃跡観光詳細]まではソカロから5~10分くらい歩きました。チェ・ゲバラはサンタクララで列車を襲撃したそうで、その跡地に列車が放置されています。この列車が襲撃されたものだとは思えませんでしたが。。そばの線路では今も電車が走っていました。
子供を抱いたチェゲバラ像 子供を抱いたチェゲバラ像 カピラの丘にて
線路を渡ってしばらくその道を歩いて行くと右側に、子供を抱いたチェ・ゲバラのかっこいい像を見ることが出来ます。更に真っ直ぐ歩いて行くと右手に丘が見えるので右へ曲がって上り坂を歩いていくと、ゲバラも行ったと言われるカピラの丘へ到達します。
時間がなかったので丘まで急いで登って、またカサへ戻りました。そして荷物を持って霊廟へ向いました。それほど遠くなかったけど、三輪バイクをつかまえて行きました。
チェ・ゲバラ霊廟の像 チェ・ゲバラ霊廟の像 チェ・ゲバラ霊廟の像
チェ・ゲバラの霊廟観光詳細]では、大きなゲバラ像を見れます。その裏側に霊廟への入口があり、5分毎くらいで中へ通されます。中にはゲバラ以外にも革命で命を落としたと思われる多くの革命戦士達が埋葬されてました。写真撮影は禁止です。
本当はもっとゆっくり見たかったのですが、バス出発の時間が数分先にまでせまってたのであわててトゥクトゥクをつかまえてバスターミナルへ行きました。ところがバスは遅れてたのか、出発時間が変更になったのかで1時間くらい待たされました。それだったら霊廟でもっとゆっくり出来たのになー。そして次の都市トリニダー行きの長距離バスに乗りました。
それでは、ブエナス ノチェース(Buenas Noches。スペイン語でおやすみなさーい)(-_-)zzz「コテッ」

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