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夫婦の世界一周バックパッカー海外旅行記。135国、世界遺産595を訪問。写真や動画やホテル情報などを紹介!

サンタクルスで遺跡サマイパタ砦や沖縄豊年祭りを観光!日本食グルメも!ボリビア旅行記

サマイパタ砦の岩絵、建築跡ボリビアのサンタクルス近くにはコロニア・おきなわ、コロニア・サンファンなど日本人移住区があるのでおいしい日本食を食べられます。おまけにアイスやケーキもおいしい店が集まっています。
この町を拠点にしてバジェグランデやイゲラ村などチェ・ゲバラの最後のルート(Ruta de Che)を辿ることも出来るし、プレインカ遺跡のサマイパタ砦へも日帰りで行けます。

ゆめぽろ(@yumepolo)です。こんちはっ!

標高約440m。この時期、昼はかなり暑くて夜は適温でした。

【1~2回目の訪問】
2008/8/5の早朝に、コチャバンバからの長距離バスで到着。本当は昨日の夕方には到着してるはずだったけど、選挙前のデモに8時間も足止めされてクタクタでした。明るくなるまでバスターミナルで過ごし、すぐ近くの日本人宿へ行ってみました。すると満員だったので第2候補の宿を探しました。ところが見つけられず、再びさっきの宿Hostal La Tiaへ行ってみるとチェックアウトした人がいたので代わりに入れました。
宿に荷物を置くとすぐ、チェ・ゲバラの墓があるバジェグランデ(写真ブログ)行きバスのチケットを買いに行きました。バス会社はオルーロ広場近く(旧バスターミナル近く?)に3社くらいあったけど、1社以外は翌日のバスは満員で買えませんでした。その1社も席が埋まりかけで強気のため、聞いてたより高い35ボリビアーノ(約500円)で吹っ掛けてきましたが仕方なく購入。
サンタクルス、スーパー沖縄Bits&Creamのソフトクリームカテドラルからの眺め。普通
いったん宿へ戻り、すぐ市バスでアレナル公園(LosPozos市場でもOK)へ。そして迷いながら地元民に聞きながら、公園近くにあるスーパーおきなわへ行きました。ラパスでは日本食や韓国料理を堪能しましたが、ここサンタクルスにもおいしい日本食を食べられる場所があるのです。その1つがこのスーパーの奥にある沖縄そば屋
長期間日本を離れてるとお金を出してでも日本食が恋しいのです(^^)。この店の沖縄そばは海外の偽日本食とは違い本格的です。それもそのはず、サンタクルスの近くには沖縄から移住して来た人達が集まる村があるのです。このコロニア・オキナワには後ほど行きました。ライス付で30ボリビアーノ(約450円)はボリビアにしては高価ですが、お代わりしたいほどクセになるほどおいしかったです。
食後、歩いて町の中心の9月24日広場の方へ行きました。この広場近くには、ケーキ屋のDumbo、アイスクリームのKivon(キボン)や、Bits&Creamなどが見える範囲内にあります。おやつは初挑戦のキボンへ行こうと思ってたけど、偶然この日が火曜だったため、ラパスでも食べたBits&Creamで買うことにしました。この店、毎週火曜は1つ買うともう1つ無料でもらえてお得なのです。
しかし火曜なので並んでる客が多くしかも横入りが当然のボリビアなので、かなりの肉弾戦を強いられて20分後に購入出来ました。前回コンボを買ってアイスクリームに飽きてしまったので、今回はソフトクリームにしました。1~2人ならソフトクリーム(5.5ボリ)の方がおいしく食べられると思いました。3人以上ならコンボがオススメです。Dumboのイチゴロールケーキも買って帰りました♪
サンタクルス日本食けんちゃんけんちゃん、焼き鳥けんちゃん、ヒレカツ丼定食
広場近くはカテドラル以外は特に何も見るべきものはなかったけど、食べてばかりになったので運動のためにカテドラル(3ボリ)へ登ってみました。でも曇ってたしサンタクルスは都会なので上から眺めてもあまりきれいではなかったです。広場周辺も都会っぽくて面白みにかけるので、のんびり40分くらい歩いて夕食の場所まで行きました。サンタクルスもコチャバンバに負けないくらいグルメな町なので食べるのに忙しいです。
Restaurant KEN(けんの店。けんちゃん)は、ラパスの店も何度か行きましたが本場はサンタクルスのこの店だそうです。本格的な日本食が食べられるので日本人旅行者の間でも大人気。私はこの日はひれカツ丼定食、焼き鳥にしました。それぞれ35ボリビアーノ(約520円)、ネギマ3本14ボリビアーノ(約200円)。これもボリビアにしては超高価です。この国は物価安いけどエンゲル係数高いかも。
8/5は、宿に荷物を預けてから朝8時前に宿を出ました。そして昨日チケットを買ったバス会社まで行き、バジェグランデ行きのぼろバスに乗り込みました。
8/9の朝早く、バジェグランデからサンタクルスへ戻って来ました。そして宿に荷物を取りに行ってからバスターミナルへ向かい、スクレ行きバスのチケットを購入しました。選挙前日の影響なのか、スクレ行きバスはなぜか少なかったです。またデモやストがあるのかも知れません。1社だけ午前中発のが見つかったのでそれに決めて乗り込みました。60ボリビアーノ(約900円)は足元見られた感じだけど仕方ないです。。
スーパーおきなわ沖縄そばコロニアオキナワ豊年祭りオキナワ豊年祭り、空手
【3回目の訪問】
2008/8/16、コチャバンバからの長距離夜行バスで到着。ここがボリビア最後の町です。前回同様Hostal La Tiaにチェックイン。昼食はこれまた同じくスーパーおきなわへ行って沖縄そばを食べました。満足満足♪。そこで偶然にも当日開催の沖縄豊年祭りのポスターを見つけました。ここまで南米の祭りを追っかけてきたけど今回のは本当に偶然でびっくりしました。
でもここで見つけたからには行くしかない!と思い、いったん宿へ戻ってから市バスで旧バスターミナルへと向かいました。そこでモンテーロ行きミニバンを探して乗り込み、モンテーロで乗り換えてからコロニア・オキナワへと向かいました。サンタクルスからは2時間以上かかり、到着したのは16:30過ぎ。15:00に始まった祭りが盛り上がり始めた頃でちょうど良かったかも知れません。モンテーロまで7ボリ、更にコロニアまで7ボリ。
Colonia Okinawa(コロニア・オキナワ。沖縄移住区)は、第2次世界大戦後にアメリカの占領地となった沖縄から移住して来た人達が築いた、日本人移住地の1つです。ブラジル、パラグアイなどのような奴隷扱いになった人は少なそうですが、ジャングル地帯での風土病は何人もの命を奪ったそうです。そのウルマ病と呼ばれる当時原因不明の風土病は、現在はマラリアの一種だと考えられています。
豊年祭り、ティンクス殴り合いコロニア沖縄の子供たち豊年祭り、琉球王のみこし
その後も水害や土地問題など厳しい局面をくぐり抜けてきて、現在のコロニアの場所に移ってきたようです。主に小麦、大豆、トウモロコシの栽培によって発展してきました。ちょうど昨日8月15日が入植記念日で「小麦の日」と言われているそうです。当日の豊年祭りもその日にちなんだものなのでしょう。
祭りは南米でよくあるカーニバルパレードの形ではありません。観客は大きな広場を囲んで、その中心で音楽やダンスなどが披露されるというものでした。学校の各学級や職場の仲間たちでグループを作って参加していました。先住民の民族衣装を着てダンスしたり、柔道着・空手着で出てきて演舞や瓦割りなども見せてくれました。
ティンクスという伝統舞踏を演じた子供たちは、殴り合いで求婚すると言われる風習を再現するように、円陣に組んで1対1の勝負を繰り返す演技を見せてくれました。周囲が暗くなるとクライマックスの琉球王朝演劇が始まりました。輿(こし)に乗った琉球王や家来、農民などが出てきて昔話を再現してくれました。かなりの部分で琉球弁を話すので全く意味が分かりませんでした。
豊年祭り、大勢で太鼓打ち豊年祭り、沖縄名物の屋台豊年祭り、獅子舞転がる
演劇ではやがて第2次世界大戦が始まり、アメリカ軍による地上戦、そして占領へと進んで行きます。それからボリビアへ移住してきた人達が苦労して今まで暮らしてきたことも再現されていました。最後は太鼓隊が太鼓を打ち、大きな獅子舞が地面をごろんごろん転がったりして、短いけど盛大な花火が上がってエンディングとなりました。
広場に人が散会したタイミングでミス小麦の2人を見つけたので写真撮影させてもらいました。ミス小麦は私が到着する前に決定していたようです。オキナワ移住区のミスなので日本人を期待してたのに、地元ボリビア人でびっくりしました。でもかわいいので見れて良かったです。会場では沖縄そばなど沖縄名産物やワニの唐揚げなど地元料理の店もたくさん出てて楽しめました。
コロニアを出た時は既に20時を過ぎてたので、モンテーロまでのトルフィー(ミニバス)が見つからなくて苦労したけどなんとか乗せてくれる車を見つけました。モンテーロからサンタクルス行きのトルフィーは客待ちが長かったけど、乗って待つだけだったので楽でした。そして2時間以上かかってサンタクルスへ到着。
コロニアオキナワ、花火コロニアオキナワ、ミス小麦サマイパタ砦へ
けんちゃんで食事したかったので、ウルグアイ通りで降ろしてもらいました。そこから歩いてけんちゃん食堂へ。既に22:30頃だったけど、何としても土曜日限定のラーメンを食べたかったのです。そして久しぶりの本格日本ラーメンを食べることが出来て感動もん♪でした。2人で行って、みそととんこつ、餃子を半分づつ食べました。やはり日本のラーメンは世界一おいしいかもしれないと改めて思いました。
8/17は、朝早くに市バスで旧バスターミナルへ行きました。そこからAv.Omar Chavezを南へ数ブロック行った所に、サマイパタへのトゥルフィー(タクシー)乗場があります。ミニバンタイプです。15分くらい客が集まるのを待ってから出発しました。チケットは前にあるオフィスで購入します。バジェグランデへ向かうバスでも行けるようです。9時前に出発して寄り道しながらだったので約3時間半もかかりました。25ボリビアーノ(約380円)。
村ではなくEl Fuerte de Samaipata(サマイパタ砦。エル・フエルテ)だけが目当てなら、El FuenteかRuinas de Samaipataで降ろしてもらいましょう。村から砦の遺跡への分岐点までは約2Km、そこから遺跡入口まで約6Km。村には博物館がありますが、夕方17時か18時まで(日曜は16時)で12~14時はシエスタなので1泊しないと行きづらいです。
サマイパタ砦からの自然眺めサマイパタ砦の展望台サマイパタ砦の岩絵
私は分岐点で降ろしてもらい、そこから約1時間半歩きました。歩くのがイヤならサンタクルスからツアーで行くのがいいと思います。歩きはほとんどが登りです。標識がないので分かれ道では違う道を選んでしまい、かなり時間をロスしたりしました。道は曲がりくねってるけど、常に一番大きな道を選んでると間違いはないと思います。川を越えたり、民家の近くを通ったりもしました。
遺跡入口に着くと入場券を購入します。外国人は32ボリビアーノ(約480円)。遺跡見学はまたかなり歩くことになります。標高約2000mなので昼間の温度は適温でした。それに周りには山や大自然が広がってるので景色はとてもきれいです。ECO(エコー)の標識もあって、ヤッホーと叫ぶとやまびこが返ってきました。
やがて遺跡が見えてきます。これはプレインカ(インカ以前)からインカ時代の遺跡だと言われていますが詳細は不明だそうです。直訳するとサマイパタ砦ですが、周りに住居を備えた宗教施設だったという説が有力らしいです。中心には岩絵で覆われた丘があります。岩絵には直線や円が見れますが、近付けないので全体で何を描いてるのかはよく分かりませんでした。ピューマ、ジャガー、ヘビなどを描いてるそうなのですが。
サマイパタ砦の墓地跡?サマイパタ砦の墓、住居跡サマイパタ砦の住居跡
下へ降りると風化防止の屋根を付けた遺跡が見れます。たくさんの穴が開いた壁がありますが、墓なのでしょうか。近くには神殿か住居跡のような土台も見られます。奥には泉か井戸のような掘った跡も見られました。上方には5人の神官(王?)の墓も並んでありました。ここに住んでた人達は大きな岩を神のように崇めていたのかもしれません。
遺跡を見学後、分岐点まで戻り更にサマイパタ村まで歩きました。分岐点までは下りだったので遺跡入口から村までは1時間半で行けました。しかし日曜日でもあったので博物館は既に閉館してて、仕方なくバス乗場を探しました。バスも日曜には少ないようで、かなり待たされてから地元のミニバンがサンタクルスへ行くので一緒に乗せてもらいました。ぎゅうぎゅう詰めだったので25ボリビアーノ(約370円)と行きより安くで帰れたのはラッキー♪
8/18は、朝からブラジル大使館へ行ってブラジルビザを申請しました。大使館はAv.Busch 330で、日本食「よりみち」より少し西にあります。ビザは申請書を書いて提出後にブラジル銀行へ行って支払いを済ませ戻って来ると申請終了。ブラジル銀行へは市バス(確か23番)で約10分。ビザ代:50USドル(約5400円)。パラグアイで申請した時より10ドル以上も安いのは即時発行ではないからでしょうか。
サマイパタ砦の井戸、トイレ?サマイパタ砦の井戸、トイレ?サマイパタ砦の5神官の墓跡
銀行内はかなり並んでいましたが、ブラジルは他の南米諸国と違い処理速度が速いのですぐ受け付けられました。それでも何かと時間がかかるので申請は午前早めに行った方がいいと思います。月曜に申請すると木曜に受け取りだと言われたけど、この週は水曜が休みだったから遅かったのだと思います。ちなみに国境のプエルト・スアレスで即時取得して入った人もいますが、係員しだいなのでサンタクルスで取得をオススメします。
その後、歩いてスーパー沖縄へ行き沖縄そばを食べてから9月24日広場へ。その角にあるCafe 24に入り、コーヒーを注文して無料ワイヤレスインターネットをしてました。この日は夜までずっとここでネット三昧しました。
8/19、20は、ビザ発給待ちで特にすることもなかったので、宿で溜まった旅行記を書いたり、写真整理などをして過ごしました。コロニア・オキナワと同様に日本人移住区であるコロニア・サンファンへ行こうと思いトゥルフィー乗場へ行ったけど、1時間待っても客が集まらず出発しませんでした。往復で5時間もかかるので、昼過ぎから行っても日帰りだとあまり滞在出来ないと思い、諦めて宿へ帰りました。
この頃ちょうど、ラパスで知り合ったエミコさんもサンタクルスにいて、彼女はサンファン村で数日楽しく過ごしたそうです。それ以外にも楽しい話をいろいろ聞かせてもらいました。アルゼンチンなど南米に住んでた経験もあるので、面白い話題を豊富に持ってました。
サマイパタ砦の住居跡アンティクーチョ定食けんちゃん、チキンカツ定食
夕食はバスターミナル前に何軒もある食堂のうち、一番宿寄り(バスターミナルから見て右端)の店が安くておいしかったので2日連続そこで食べました。Anticucho(アンティクーチョ)という牛肉の串焼き、ライスやおかゆ、サラダがセットで7ボリビアーノ(約100円)とお得。
8/21は、朝一でブラジル大使館へ行ってビザをもらい、バスターミナルへ行ってブラジルとの国境の町Quijaro(キハロ)行きバスチケットを購入しました。ブラジルのコルンバ行きだと言われたので買ったけど実際はキハロまででした。75ボリビアーノ(約1140円)。鉄道もあるけど高いし遅いので私はバスを選びました。
そして昼食は最後の日本食けんちゃんへ。チキンカツ定食もなかなかおいしかったです。38ボリビアーノ(約570円)はなかなかの値段ですが。その店内でなんと、クスコの日本人宿で管理人をしてたミルト君に会いました。日本人移住区に行ってたそうです。ラパスで同じ宿だったナオコさんも一緒でした。みんな、今どこにいるんだろー。。
食後はバス出発の夕方まで、9月24日広場近くのアレキサンダーカフェで過ごしました。ここもWIFI使えるのです。日によるかもしれないけど、Cafe24よりも回線早い気がしました。いずれにしろボリビアのネットは全体的に南米一遅いので、この後のブラジルの速さには感動的でした。
けんちゃん、味噌ラーメンけんちゃん、とんこつラーメンサンタクルス、カテドラル
時間になると宿へ戻って荷物をまとめてからバスターミナルへ歩いて行きました。ターミナル前で小さなクーニャペ(チーズパン)を30個ほど購入。ブラジルは物価が高いので3食分くらいの食料にするつもりです。そしてキハロ行きの長距離夜行バスに乗り込みました。
8/22の午前11時頃、キハロに到着。そこからタクシー(1台10ボリ)で国境へ行きました。ボリビアは30日間のみビザ無しで滞在出来るのですが、既に4日超過してたため罰金を払うことになりました。最初、1日15ボリで計60ボリ支払えと言われました。
でもこれは賄賂のようなものなので値切れるという話を聞いてたため値切ってみると、50ボリにしてくれました。なんていい加減な。。そんなO型95%以上の国ボリビアもこれで最後と思うと寂しくなりました。市バスでブラジルのコルンバまですぐ行けました。1.7ボリビアーノ(約100円)。
クイズ!ゆめぽろ丼はしばらくお休みです_(._.)_
Gracias(グラシアス。スペイン語)「(最後まで読んで頂き)ありがとうございます」
Buenas Noches(ブエナス・ノチェス)「おやすみなさーい」(-_-)zzz「コテッ」

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